先日テレビで障がい者の兄弟姉妹にスポットがあてられた番組が放送されました。

 あまり知られていませんが、障がい児(者)や病気などで闘病生活を送っている人の兄弟姉妹のことを、『きょうだい』または『きょうだい児』と呼ぶそうです。(私も番組を見てはじめて知りました)

 今まで雑誌やテレビなどでは、実際に障がいのある人とそのお母さんが注目されがちでしたが、番組には実際に知的障がいのある弟がいる方たちが登場し、その環境がゆえの悩みや親への思い、そしてきょうだいへの思いなどが話されました。

 『子ども時代に親に甘えられなかった』『一緒にいることが恥ずかしかった』そう思う一方で『自分が悩んでいることで親を悲しませたくない』と、葛藤を抱くきょうだい達。
 
 誰が悪いわけでも、責任があるわけでもなく、正しい答えがないこの問題。

 その話を聞いて、私は自分の子ども達のことを思いました。

 先日2歳になった我が家の娘。ゆっくり育つダウン症のたいしに対して、健常児の子はこんなにも早く成長していくんだと、たびたび驚かされます。なかでも一番ビックリしたのはことばの上達。少し前まではかたことだったのに、いつの間にかたいしよりもお話が上手になり、今では『たいし、行くよ!』と、どっちがお兄ちゃんなのかわかりません。

 この子が産まれた時から、いつかお兄ちゃんを追い抜いて、こうして色んなことが早く出来るようになるだろう、そして少しずつたいしが他の子と違う部分が見えてくるだろう…と思っていました。もちろん、その違いに気づくのはまだ先のことですが、その違う部分を恥ずかしく感じてしまうかもしれないし、誰にも言えずひとりで悩むことがあるかもしれません。

 そんな時、私は何をしてあげられるのか。まだまだ未熟な母親ですが、少なくともその悩みに気づき、小さなカラダに抱えきれないほどの思いをしっかり受け止めてあげたい。頑固で泣き虫な娘の笑顔を見て思いました。