このコラムを書いている本日は父の日。今回はこの日にちなみ、我が家のパパなりの子育てについて書こうと思います。

 普段子育てについてじっくり話すことがない私達。改めて聞いてみると真っ先にパパから出てきたのは『ダウン症である大士は自分にないものをいっぱい持ってる』という言葉でした。

 成長は遅いけど、乗り越えるべき壁(歩くことや集団生活に入っていくこと等)は自分のカで乗り越えてきたし、大士はどこにいっても可愛がってもらってる。そのたくましさとまわりから愛される人間性は俺にはないし、大士にはたくさんの可能性がある。立派なもんだよと話すパパ。

 そんなパパも今から5年前、はじめて産まれた自分の子どもに対して先生から『染色体の検査をしましょう』と言われた時は、本当は喜ぶべき息子の誕生を素直に喜べなかったそうです。しばらくは自分の子どもがダウン症だとは思えなかったし、信じられなかった…。当時父親として息子がダウン症だという事実と向き合い、受け入れるにはやっぱり時間が必要でした。

【父親としての反省点】

 子ども達への思いを話していく中ででてきた父親として反省すべきこと。それは世間に対して障がい児だから出来ないと決めつけないでほしいという思いがある一方で、親である自分がどこかで大士の限界を決めていたこと。大土が一人でやらなくちゃいけないことに手を貸してしまったり、数やひらがななど言ってもわからないと教える前に諦めていたり。俺なんて父親としてまだまだ半人前だよ。えらそうなこと言っても子ども遼が産まれたからこそ、こうして父の日にありがとうって言ってもらえるんだから。そう話すパパの隣にいる私も、日々反省だらけで半人前の母親です。

 父の日に『ありがとう』って言ってくれる子ども達がいる幸せを忘れず、子ども達と共に父親として、母親としてそれぞれ成長できればと思う父の日でした。